マニュアル制作 今昔物語 後編

マニュアル制作 今昔物語 後編

2022年2月3日

マニュアル制作 今昔物語 後編

迷いながらのマニュアルづくり

各メーカーは、マニュアル部署の業務を補強するため、出版系の編集者やライターなどマニュアルづくりに役立ちそうな人材を派遣会社から多数雇い入れた。また、コストを固定費から変動費に変えるために、外注でマニュアルを制作してくれる会社を探すことになる。

マニュアル制作と翻訳会社の関係

探してみるとマニュアル制作会社は1980年代の半ばから設立されており、その多くが翻訳関連だ。翻訳会社がマニュアル部門を新設するか、別会社を設立していた。その証拠に、現在、マニュアル制作で有名な会社の前身を辿ると、翻訳協会に名を連ねる会社ばかりである。

「今昔物語 前編」で少し述べたとおり、翻訳会社は古くから輸入製品のマニュアルを翻訳して日本語のマニュアルを作り、また、日本製品を海外に輸出するために、日本語を輸出先の言語に翻訳してマニュアルを作ってきた。

製品を輸出するには、国ごとの規制条項に従って必要事項を記載する必要がある。国によっては、マニュアルに使用する文字の書体や文字サイズまで規制の対象となる場合がある。

翻訳会社には、こうしたマニュアルづくりのノウハウと実績があったので、マニュアル専門の部署や別会社を設立することができた。

マニュアル制作は大手メーカーの発注が見込める市場にもかかわらず、大手印刷会社や出版社は参入してこなかった。マニュアル制作に不可欠な翻訳体制がなかったことや、マニュアル制作のノウハウや蓄積がなかったことが大きな要因だと思われる。

当時、次々とできたマニュアル制作会社へ、メーカーからの制作依頼が殺到した。依頼された会社は、まずメーカーの既存マニュアルを評価し、問題点を洗い出す。分厚く、わかりにくいと言われたマニュアルなので、問題点の洗い出しは簡単で、問題だらけの評価となる。

メーカーとしては、どうすれば改善できるのか対処方法がわからないので、制作会社にマニュアル制作を依頼することになる。メーカーは、マニュアルを改善すれば、相談窓口のコール数を減らすことができる、と思い込んでおり、制作費は制作会社の言いなりで、制限はほとんどない状態だった。

バブルはマニュアル制作にも影響

マニュアル制作会社とメーカーは試行錯誤を繰り返した。たとえば、セットアップ操作をフルカラーで説明したり、トラブルシューティングを厚紙の別シートにしたり、キャラクターを設定して操作説明に登場させたり、有名イラストレーターに表紙を書いてもらったり‥と工夫を凝らし、各種さまざまなマニュアルが作られた。

だが、キーボードのタイピング入力は、紙マニュアルでいくら説明しても限界があり、コール数も多い案件だった。そこで、登場したのがビデオマニュアルである。

制作には、広告代理店が仲介に入り、モデル事務所から手専門のモデル(手タレ)を選び、撮影スタジオを借りて、キーボードのタイピング手順を撮影した。撮影・編集したビデオは、タイピング練習用ビデオマニュアルとしてワープロに同梱された。

ビデオマニュアルは、シナリオを放送作家に書いてもらったり、ポータブル式ワープロが発売されたときは、プールサイドでワープロを打つシーンを撮るために沖縄のホテルで撮影したりと、まさにバブル全盛期のマニュアル制作だった。

マニュアルの専門部署を作り、お金をかけていろいろなマニュアルを制作しても、相談窓口のコール数を減らすことはできなかった。

その上、ワープロだけでなく各種デジタル機器が低価格で販売され、一般消費者が購入対象となると、さらに相談窓口へのコール数は増えた。そこでわかりやすいマニュアルづくりが重要視されるようになった。

わかりやすいマニュアル制作に必要なモノ

当時各メーカーのマニュアル担当者は、今ではマニュアル制作に欠かせない基準書や規約書を作成していなかった。ユーザーにとって「わかりやすいマニュアル」とは何なのか、現在の作り方で問題ないのか、試行錯誤を繰り返していた。

試行錯誤の結果できたもの

その思いは、メーカーのマニュアル担当者だけでなく、マニュアル制作に携わる印刷会社やマニュアル制作会社、ライターたちも同じだった。そうしたマニュアルへの思いを持った人たちが集まり、何かできないかと話し合いを繰り返した。話し合いの結果、1989年6月に「いま、日本のマニュアルを考える」をテーマにシンポジウムが開催された。手探り状態で企画したシンポジウムだったが、参加者は600名にも上った。

シンポジウム終了後には懇親会も開催し、その輪を広げていった。そして翌年のシンポジウム「わかりやすいマニュアル作りを考える」では参加者は800名、さらに1991年のシンポジウムでは1200名の参加者を集めた。
当時、いかにマニュアルに関する情報が少なかったか、マニュアル制作に対する関心が強かったのかを表す数字である。

シンポジウムの実績をもとに、製品やサービスの使用説明書を扱う専門家が集まる任意団体が1992年1月に設立された。

この団体は、その後2009年1月に一般財団法人テクニカルコミュニケーター協会(JTCA)となる。

JTCAが目指すのは、「「使用説明」の品質向上によって誰もが安全かつ簡単に最新の技術を利用することができ、仕事や生活の質を高めることができる社会の実現を目指します。」(一般財団法人テクニカルコミュニケーター協会のホームページから引用)としている。この目標のために「テクニカルコミュニケーション技術(TC技術)※」に携わる人たちで情報共有と情報交換を行い、デザイン、ユーザビリティ設計、システム設計、国際マーケティングなどの関連分野との交流を深めていくことになる。

任意団体として設立した当初は、大手企業のマニュアル担当者が交代で事務局を運営し、TC技術に携わる企業やテクニカルライターを広く会員として募集した。活動としてはシンポジウムを企画し、マニュアル制作に関するディスカッションや成果発表を行い、会員同士の交流会も開催した。その後、テクニカルライティングの向上を図ることを目的にTC技術検定試験を実施している。

※ TC技術:製品やサービスについて、ユーザーが求める情報を的確に提供するために、テクニカルコミュニケーターは多面的な技術を身に付ける必要があります。それらの技術の全体を「テクニカルコミュニケーション技術(TC技術)」と呼んでいます。

キッカケとなった「日本のマニュアル大賞」

1993年に毎日新聞社が主催となり「日本のマニュアル大賞」が実施された。
分厚くてわかりにくいと言われたマニュアルの中で、わかりやすさと、工夫されたマニュアルに賞が贈られるとあって話題を呼んだ。各メーカーから製品に付属されているマニュアルが多数出品された。
マニュアル担当者にとって、自分たちが作ったマニュアルがどう評価されるのか気になっており、それ以上に同業他社がどんなマニュアルを作っているのかを知る絶好の機会となった。

このコンテストをきっかけに、マニュアル制作に携わる印刷会社やマニュアル制作会社、ライターたちは、マニュアル制作に対する意識が変わることになる。コンテストで賞を取ることで、会社や業界から「わかりやすいマニュアル」の評価を得ることができるので、賞を取ることが目標の一つになった。

2000年には、JTCAが単独で「日本マニュアルコンテスト」(現:ジャパンマニュアルアワード)を開催し、以降毎年マニュアルコンテストが開催されることになった。

賞を取るためのマニュアルづくりと言えば聞こえが悪いが、コンテストは各メーカーやマニュアル制作会社で実績を残しているマニュアル専門家が、評価基準に従って審査している。

つまりコンテストで賞を取るのにはそれなりの理由があり、賞を取ったマニュアルを見て、どこが評価されたのかを確認することで、マニュアル制作に対する基準を身に付けることができる。
そこで、各メーカーのマニュアル担当者は、コンテストの評価対象となっている以下の6つを重視した。
・デザイン
・マニュアル構成
・タイトル表記
・説明の正確さ
・表現の分かりやすさ
・検索性

また、マニュアルの表記基準や用語集を作り、表記の統一性や整合性を意識してマニュアルを制作するようになった。

変化したマニュアルづくり

メーカーのマニュアル担当者がマニュアルに対する意識を変えることで、マニュアルの制作体制が大きく変わることになる。

意識変化による主導権交代

それまでは、マニュアルを制作する際はまず、メーカーの担当者と制作会社との間で、前回のマニュアル制作の反省会を開催していた。
その反省会の内容を踏まえた改善点や新規企画の提案は、制作会社が主体となって行っていた。
メーカーの担当者は、提案された資料をもとに、次回のマニュアル制作を検討し、上司や社内の了承を得ていた。

それが、メーカーの担当者がマニュアルに対する意識を変えることで、今まで任せていた企画を自ら検討するようになった。

マニュアルの問題点を洗い出し、必要となる分冊構成からその役割、記載内容まで検討し、社内に企画を提案した。
社内で了承されると、制作会社や印刷会社に企画案に従ったマニュアル制作を依頼する流れになった。

これ以降、マニュアル制作は、制作会社主導から、クライアントであるメーカーのマニュアル担当者主導に切り替わることになった。

現在のマニュアルづくりは?

メーカーによっては、制作会社や印刷会社の社員をマニュアル制作部署に業務委託や派遣で常駐させることにより、マニュアル担当者の指示を直接伝え、早急な対応を可能にした。

いままで「わかりやすいマニュアル」を意識し、マニュアル専門家やテクニカルライターがマニュアルを作ってきたので、内容やデザインの見直しはある程度済んでいる。

つまり新規にマニュアルを制作するときには、マニュアル専門家やテクニカルライターが主体となって制作するが、一度マニュアルを作成してしまえば、あとは仕様変更部分だけを修正してマニュアルを制作できる。

このようにして、専門家やテクニカルライターが必要となる作業はなくなっていったのである。

そして代わりに求められるようになったのが、ユーザー環境に合わせたマニュアルづくりで、現在はWebマニュアルやYouTubeにアップするための動画マニュアルが主体となっている。

ただし、新規にマニュアルの作成を依頼されたら対応できるだろうか?
例えば、マニュアルを作成するのに用意された資料は、開発者が作成したA4バインダー7冊分の仕様書だけ。

この仕様書を元に、分冊構成や目次を検討し、1冊200ページ以内のマニュアルにまとめることになったらどうするかだ。

また、既存のマニュアルをわかりやすく、分厚いマニュアルを目的別に分冊することになったらどうするかだ。問題点を洗い出し、利用状況を調査して、新たな検索方法や分冊方法を検討できるだろうか?

どちらの場合も、既存マニュアルを改訂するのとは違い、利用状況の調査や問題点の洗い出しなど、多くの調査・分析と調査結果のまとめが必要となる。また、最新の検索方法やマニュアルの提供形態(Webマニュアル、動画など)を調べる必要がある。こうした作業には、人員と時間のほかに、経験と実績も必要となる。
そんな場合には、ぜひ経験と実績を踏まえたマニュアル専門家やテクニカルライターのいる制作会社に相談することをお勧めする。


ソーバルでは、長年、大手メーカーのマニュアル制作に携わり、あらゆるマニュアルの制作実績を積んでいます。 「新しいマニュアルを作りたい!」「既存のマニュアルをもっとわかりやすく改訂したい!」など、マニュアル制作に困ったときには、ぜひソーバルにご相談ください。